認知症

日本の認知症患者数は2025年には700万人になる

日本では、認知症の患者が増え続けており、大きな社会問題となっています。 厚生労働省がまとめたデータによると、2005年時点で認知症が進行してしまった人」は約169万人でしたが、 高齢化が進むとともに年々増加し、2012年時点で約462万人、2020年では約602万人となっており、2025年には700万人になると推計されています。 認知症の前段階といわれる「軽度認知障害」と推計される400万人を併せると、 さらに多くの人が認知症またはその予備軍ということになります。 また、国立社会保障・人口問題研究所は、2055年には65歳以上の人が全人口に占める高齢化率は40.5%になると発表。 ちなみに、2005年の総務省「国勢調査」では高齢化率が21%となっており、世界最高の割合です。 このように、高齢化が進めば進むほど、認知症の患者は増えることはあっても減ることはなく、その対策が急務となっています。

日本ではこれまで脳の血管が詰まって起こる脳血管性認知症が多く、 脳の神経細胞が死滅して、脳全体が萎縮して起こる原因不明の アルツハイマー型認知症は少ないといわれていました。 しかし、近年ではアルツハイマー型が増え、脳血管性の認知症の患者を上回るほど多いといわれています。 認知症に対して、病医院では薬による治療が行なわれていますが、病気の進行は遅らせても症状を改善するまでにはなかなか至っていません。 特にアルツハイマー型は原因がまだ確定していないこともあって、決め手となる治療法がないのが実情です。


■認知症とは?

記憶や判断をする脳の機能が低下し、生活に支障を来す状態

「認知症」の定義は、 「認知機能が、後天的な脳の障害によって持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障を来した状態」とされています。 認知症とは、病名ではなく、記憶力や判断力が低下した状態を示す症候群のことです。 さまざまな原因で脳が障害され、「記憶力」や「思考力」「判断力」などの「認知機能」が低下して、日常生活に支障が生じる状態を指します。 つまり、単に記憶力や判断力が低下しただけではなく、それによって日常生活に支障が出ている場合を、認知症といいます。 認知症は、記憶障害があることを前提として語られることが多いのですが、原因疾患の中には「前頭側頭葉変性症」など、 記憶障害が必ずしも症状の中心にはならないものがあります。そのため、認知症の定義は、今後変更される可能性もあります。

一般に年を取ると誰でも「物忘れ」が増えてきますが、そのような「物忘れ」は老化現象の1つとして起こる「良性健忘」で、あまり心配は要りません。 老化による「物忘れ」は、脳の神経細胞の働きが低下し、長期保存された記憶の中から必要なものを取り出すのに時間がかかるようになったために起こります。 そのため、すぐに思い出すことができず、しばらく時間が経ってから思い出します。 それに対し、「認知症」の場合は、情報を一時的に留めておく働きをする神経細胞が消失してしまいます。 そのため、最近の重要な情報が、長期保存されなかったり、すぐに失われるため、「物忘れ」が起きます。 やがて、長期保存に関係する神経も失われ、病気以前に保存されていた昔の記憶も失われてしまいます。

人口全体のうちでどのくらいの人が認知症を発症するかについては、現在、統一した方法で全国的に調査をした統計がありません。 地域や医療機関などの複数の調査では、ばらつきはありますが、65歳以上の高齢者のうち、 3.8~11%の人に認知症が見られるとされています。 認知症の種類には、主なものとしてアルツハイマー病」「レビー小体型認知症」 「脳血管性認知症があり、それぞれ原因や症状、治療法が異なるので、早期に診断を受け、原因を突き止めることが大切です。


●原因となる病気

認知症の原因となる病気は、多岐にわたります。最も多いのは、「アルツハイマー病」です。 脳の神経細胞が障害され、脳が委縮します。次に多いとされているのが、「血管性認知症」です。 脳の血管が詰まったり、破れて出血したりして、神経細胞が障害されます。 大脳皮質などの神経細胞に「レビー小体」が溜まり、 細胞が壊死する「レビー小体型認知症」というタイプもあります。 その他にも、特に脳の前頭葉や側頭葉が委縮する前頭側頭変性症など、実に多くの病気が挙げられます。 感染症や代謝性の病気などが、認知症に繋がることもあります。 しかし、認知症の原因疾患には、 「特発性正常圧水頭症」「慢性硬膜下血腫」など、 治療すれば、認知症の症状が治ることがあるものもあります。 したがって、認知症ではないかと疑われる場合は、「高齢だから、ちょっとくらいは仕方がない」などと放っておかずに、 早めに受診して、原因を確認することが大切です。


■認知症の症状

●中核症状と周辺症状(BPSD)に大別される

認知症の症状には、「中核症状」「BPSD(行動・心理症状)」があります。 行動・心理症状は、もともとの英語を日本語に訳したもので、以前は「周辺症状」と呼ばれていたものですが、 最近はBPSD(行動・心理症状)という名前の方が使われることが多くなっています。 BPSD(行動・心理症状)は、中核症状があるために、周囲の人との関わり合いの中で生じる症状です。 中核症状は、脳の神経細胞が障害されることが直接の原因となって起こる症状です。 「認知機能障害」とも呼ばれ、「新しく経験したことを記憶に留めることが困難になる」記憶障害(物忘れ)、 「場所や時間がわからなくなる」見当識障害、 「計画を立てたり、順序立てて実行できなくなったり、物を考えるスピードが遅くなる」判断力の低下などがあります。 これらの中核症状に、患者さんのもともとの性格、生活環境などが影響して、抑鬱状態、興奮、徘徊などが起こることがあります。 このような行動や心理変化がBPSDで、一般に、高齢の認知症の患者さんのおよそ8割に何らかのBPSDが見られるといわれています。 BPSDは、患者さんの生活の質を低下させるほか、介護する人を悩ませる原因になることが多く、介護する人にとっては大きな負担になるといわれています。


●中核症状

中核症状は、脳の神経細胞の障害によって直接的に現れるもので、認知症になると誰にでも現れる症状です。

▼記憶障害(物忘れ)
老化による物忘れは、単語が覚えられない、会った人の名前や朝食べたものを思い出せないというように、体験したことの一部を忘れます。 ところが認知症の物忘れは、会った人と自分との関係や朝ご飯を食べたこと自体を忘れるというように、体験したことのすべてを忘れてしまいます。 特に最近の出来事を覚えることができなかったり、思い出したりすることができません。そのため、日常生活に支障が生じます。

▼遂行機能障害(実行機能障害)
「物事の段取りが立てられない」「計画が立てられない」「料理や買い物ができない」など、順序立てて物事を行うことができなくなります。

▼見当識障害
日時や場所が分からなくなります。

▼判断力障害
相手の話の内容がわからなくなります。

▼言語障害・失語
「物の名前が出てこない」などのほか、「その言葉が指す意味が分からない」という症状が現れることもあります。

▼失行
「着替えができない」「道具をうまく使えない」など、運動機能に問題はないのに、目的とする行動ができなくなります。

▼失認
視覚などの感覚機能に問題はないのに、目の前にあるものが何なのかが理解できなくなります。

●BPSD(行動・心理症状)[周辺症状]

BPSD(行動・心理症状)は、脳の障害が直接の原因ではなく、誰にでも起こる症状ではありません。 BPSD(行動・心理症状)には「暴言・暴力・徘徊・幻覚・妄想・睡眠障害・不安・焦燥・鬱状態・せん妄・異食・過食・不潔行為・介護への抵抗・多弁・多動」 などがあります。周辺症状は、中核症状に対する不安や、周囲に理解してもらえない辛さ、環境や患者さんの性格などが影響して現れます。 BPSD(行動・心理症状)は、いわゆる”問題行動”のために、本人はもちろん、介添えする人にも負担がかかりがちです。

▼不安・焦燥
初期には、認知機能の低下を自覚して不安感が募ります。 また、落ち着かなくなったり、不平を言ったり、他人のことを無視したりすることがあります。 不安はだんだん強くなり、暴言・暴力などに発展することもあります。

▼幻覚
実際にはないものが見えたり(幻視)、実際にはいない人の声が聞こえたりします(幻聴)。 幻視は、レビー小体型認知症でよく現れる特徴的な症状です。

▼妄想
現実ではないことを誤って認識してしまうことです。多いのは、「財布などを盗られた」といった、猜疑的な妄想です。

▼鬱症状
気分が落ち込み、何もしたくなります。椅子に座ったまま何もしないなど、活動性が低下します。 鬱症状から寝たきりに繋がることもあります。

▼睡眠覚醒リズム障害
昼と夜が逆転してしまい、夜は覚醒し、昼はウトウトした状態になります。

▼食行動異常
食べ物ではないものを口にしてしまう「異食」が現れたりします。

▼徘徊
家を出たがり、外を歩き回ります。本人は目的があって歩き回るのですが、周囲の人にはその目的がよくわかりません。

▼暴言・暴力
怒鳴ったり、気勢を上げたり、相手に手を上げたりします。認知機能障害が進んだころに多くなるといわれます。

▼介護拒否
入浴や着替えなどで、介護する人が補助しようとするのを嫌がります。

これらの症状から成るBPSDは、介護する人を悩ませがちです。 しかし、認知機能への理解をより深め、介護の仕方を切り替えることで、BPSDが改善することもあります。


●摂食・嚥下障害や失禁などが起こりやすくなる

高齢者に起こりやすく、特に認知症になると合併しやすい症状があります。

◆主な合併症

▼摂食・嚥下障害
食べたいという欲求や、食べるという行為は脳からの指令によるものなので、「食べない」「食べ過ぎる」などの摂食障害が起こることがあります。 また、食べものが気管に入らないよう、飲み込むときに気管に”ふた”をする仕組みである「嚥下反射」も鈍くなり、 気管に入った異物によって「誤嚥性肺炎」が起こりやすくなります。

▼失禁
排尿をコントロールしている自律神経系の働きが弱くなり、トイレに間に合わなかったり、尿意が感じられずに、失禁することが多くなります。

▼便秘
加齢などで運動量が少なくなったり、生活のリズムが変化したりすることなどから、便秘になります。

▼脱水
体内の水分の量を調節する仕組みがうまく働かなくなったり、喉の渇きが感じられなくなったりして、脱水が生じます。

▼浮腫
体内の余分な水分をうまく排出できなくなり、むくみが起こります。

▼運動障害
筋肉が硬くなって動きにくくなり、歩行などに障害が出ます。

▼不随意運動
自分では動かそうとしていないのに手足が勝手に動きます。

▼痙攣発作
「てんかん」のような、手足の痙攣が起こります。

▼転倒・骨折
運動機能の低下や、筋力の低下、バランス能力の低下などにより、転倒して骨折しやすくなります。 骨折が原因で、寝たきりになることも多いので、注意が必要です。

▼低栄養
食べ物を消化吸収して、栄養を摂取する働きが弱まったり、経済的な問題などが加わって、栄養不足になることがあります。

▼褥瘡
長時間寝ていると、体の同じ部位が圧迫されて、皮膚や皮下組織が壊死します。いわゆる”床ずれ”です。

■認知症のタイプ

最も多いのはアルツハイマー型認知症

アルツハイマー型認知症
最も多く、認知症の約70%を占めます。 アルツハイマー型認知症では、脳にアミロイドβ-たんぱくという物質が蓄積して、茶色いシミのような老人班ができます。 その影響で脳の神経細胞が障害されます。 また、アミロイドβ-タンパクが蓄積する過程で、脳内の正常なタウたんぱくが変化し、神経細胞が死滅します。 こうした変化が起こると、まず記憶を司る海馬が委縮し、記憶障害が起こります。 やがて、脳全体に委縮が広がって、さまざまな症状が現れてきます。

レビー小体型認知症
レビー小体という異常なたんぱく質の塊が、脳に溜まるために起こります。 物忘れの程度は比較的軽く、はっきりした幻覚が現れることがよくあります。

脳血管性認知症
脳の前頭葉や側頭葉が障害されて起こります。人のものを取る、順番が守れないなど常識から外れた行動が目立つようになります。

前頭側頭型認知症
前頭側頭型認知症は記憶障害が比較的軽いため、”認知症なら物忘れがあるはず” と思い込んでいると見逃すことがあります。

■認知症の進行

軽度より前の「予備軍」を見逃さない

最も多いアルツハイマー型認知症の場合は、認知機能が軽度、中等度、高度とゆっくり低下していきます。 軽度では、物忘れが起こり、日常生活に支障が生じてきます。 中等度になると、物忘れの他にも、季節に合った服を選べなくなったり入浴を嫌がるようになります。 入浴しても、体をよく洗うことができなくなります。 高度に進むと料理や掃除ができなくなったり、近所でも迷子になったりします。


●認知症の予備軍(軽度認知障害)

認知症の一歩手前の段階で、「軽度認知障害(MCI)」という症状があります。 軽度認知障害は、物忘れなどはあるものの、日常生活には支障はありません。日常生活の支障の有無が、認知症と軽度認知障害の境界線です。 アルツハイマー型認知症の場合、軽度認知障害の段階でも、すでに脳にはかなりのアミロイドβたんぱくが溜まっています。 アミロイドβたんぱくは、認知症を発症する20年ほど前からゆっくり溜まり始めることがわかっています。
日本には、軽度認知障害の人が約400万人いるといわれています。それぞれの研究によって数値にばらつきはありますが、 軽度認知障害の5~10%が、1年で認知症に進むと報告されており、3~5年で約50%が認知症に進むと考えられています。 しかし、軽度認知障害の段階で気付いて、頭を使ったり、運動をしたりという対策を行えば、認知症の発症を防げる可能性があります。 認知症では、脳の神経細胞の多くが死滅してしまいますが、軽度認知障害の場合は、大部分は死滅しておらず弱っている段階です。 この時点で適切な予防対策を行えば、それ以上神経細胞が弱るのを防げる可能性があると考えられています。


●特に認知症に注意すべき人

高血圧糖尿病脂質異常症などの生活習慣病のある人は、認知症になる可能性があり、注意が必要です。 高齢者の心臓病も認知症に影響すると考えられています。 喫煙も認知症の危険因子です。 これら以外でも、体をあまり動かさない、知的活動を積極的に行わない、会話が少ないといった生活パターンの人は、 認知症になりやすい傾向があるため、生活パターンを見直しましょう。