歯周病菌の全身への影響

歯周病菌や歯石などがあると、歯肉に常に炎症が起こっている状態になります。 その炎症によって、体内にいろいろな物質が作られ、さらにそれが毛細血管から全身に広がり、 それによって 脳梗塞心臓病糖尿病誤嚥性肺炎、早産・低体重児出産、 非アルコール性肝炎慢性腎臓病など、さまざまな病気と関係していることが近年の研究で分かってきました。 特に、歯周病と糖尿病は、互いに悪影響を及ぼし合うことが知られています。


■歯周病菌と全身の病気

続々と解明される歯周病と全身疾患との関係

「歯周病」が全身の病気と関わりがあるということは、昔から経験的に知られていました。 しかし、明確な医学的根拠はなく「歯が抜けるとぼける」という程度のものだったのです。 アメリカでは、1970年代から25年にわたって、退役軍人1300人を対象に、歯周病と全身疾患との関係が調査されました。 その結果、歯槽骨の吸収が21%以上の人は死亡率が1.86倍高くなることや、 歯槽骨の吸収に比例して狭心症や心筋梗塞 にかかる率が高くなることなどがわかり、98年に報告されました。 それ以後、歯周病と全身の病気との関係が続々と解明されています。

歯周病によって炎症が起こった歯肉には、入り込んだ歯周病菌や、炎症によって作られた炎症物質が溜まっていきます。 その歯周病菌や炎症物質は、歯肉の毛細血管に侵入し、血流によって全身に運ばれます。 また、歯周病菌などが喉から気管支を通って肺に入り込むと、肺に炎症が起こることもあります。 このように、歯周病はさまざまな病気と関係することが分かってきました。


●肥満

内臓脂肪が歯周病を進める物質を分泌する

肥満の人にはしばしば重い歯周病が見られます。 肥満とは、体に脂肪を大量に蓄積した状態ですが、近年、脂肪細胞がさまざまな 生理活性物質を分泌することがわかっています。 その一つにTNF-α(腫瘍壊死因子)があります。TNF-αは炎症を強くし、炎症によってさらにTNF-αの分泌が活発になるという特徴があります。 歯周炎によって歯周局所にはTNF-αが発現し、歯槽骨吸収を起こすことがわかっています。 内臓脂肪から分泌されたTNF-αが結果的に歯周病の進行を促進する可能性があります。 そのため、肥満の人は歯周病が悪化しやすいのです。


●糖尿病

互いに悪化させ合うワーストカップル

歯周病は糖尿病合併症の一つともいわれ、以前から 「糖尿病」との関係が取り沙汰されていました。 血液中に糖が増えると、血流が悪くなって酸素と栄養が運ばれにくくなったり、血管が傷ついて炎症を起こしやすくなったりします。 そのため、糖尿病の患者は歯周病を発症しやすいのです。 歯周病によって歯周局所ではさらにTNF-αの分泌が活発になります。 TNF-αは、血液中の糖を処理するインスリンの働きを悪くする作用があります。 そのため歯周病の炎症によってTNF-αが増えると、血糖値が上がって糖尿病が悪化し、その結果、歯周病がさらに悪化することになります。 糖尿病の治療には、血糖のコントロールだけでなく、歯周病の治療も重要なのです。 糖尿病の人の中には、歯周病を治療することで、血液中のTNF-αの濃度が低下し、糖尿病が改善する場合があります。


●動脈硬化を促進

心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす

動脈の壁の内部に、 コレステロールなどが沈着した結果、血管内が狭くなるのが 「動脈硬化」です。 動脈硬化の病巣に「血栓」ができると、血流がさえぎられて、 「心筋梗塞」や「脳梗塞」を引き起こす危険性があります。 最近の研究では、歯周病菌も、血管壁に沈着することが指摘されています。 もともと中等度の動脈硬化があった場合には、血管壁に沈着した歯周病菌の作用により、 「マクロファージ(白血球の一種)」が集まりやすくなり、動脈硬化巣の形成をさらに促すと考えられています。 また、歯周病菌には血液成分の一つである「血小板」を集める働きもあり、これが血栓を作りやすくしているとも言われています。

◆心筋梗塞

歯周病になると、「心筋梗塞」 の危険率が約2倍に増えるといわれています。 心筋梗塞は、心臓の冠状動脈などにできた粥状動脈硬化(アテローム硬化)に、血栓が詰まることによって発症します。 最近の研究では、血液中に入った歯周病菌が核になって粥腫(アテローム)がつくられ、そこから粥状動脈硬化が起こることがわかっています。 なお、歯周病の患者には中性脂肪値や悪玉のLDLコレステロール値が高く、善玉のHDLコレステロール値が低いという傾向もありますが、 この因果関係については、まだはっきりとはわかっていません。


●胎児への影響

歯周病は早産や低体重児出産も引き起こす

歯周病の女性が早産で低体重児を産む率は、約4~5倍になるという海外の報告があります。 陣痛は、プロスタグランジンという子宮を収縮させる物質が大量に分泌されて起こります。 歯周病などの炎症は、プロスタグランジンの分泌を促す生理活性物質を分泌します。 そのため、歯周病にかかっていると、胎児が十分に育たないうちに陣痛が起こりやすくなります。 また、歯周病菌は、血流に乗って子宮まで流れ、羊水の中で胎児の発育にも影響します。 ラットを使った動物実験では、歯周病菌を皮下に埋め込むと胎児の体重が約20%減少することがわかっています。 妊娠前に歯周病や虫歯の治療をぜひ終わらせましょう。 妊娠中はつわりのために自分で磨けないことが多いので、口腔内を清潔にするために歯科を受診することをお勧めします。

●誤嚥性肺炎

唾液と一緒に飲み込んだ細菌が肺炎を起こす

食べ物や唾液が、食道に入らずに誤って気管に入ることを「誤嚥」といいます。 そして、誤嚥により気管を通じて肺に細菌が入り、炎症が起こることを 「誤嚥性肺炎」といいます。 誤嚥性肺炎は歯周病と関係が深く、口の中に歯周病菌がたくさんいると、唾液と一緒に飲み込んだ歯周病菌が気道に入って、肺で増殖してしまいます。 歯周病菌は毒性が強く、誤嚥性肺炎の原因になりやすいといわれています。 体の抵抗力が落ちた高齢者に多く、特に脳卒中後の後遺症がある人や寝たきりの人に見られます。

●骨粗鬆症

骨粗鬆症の人は歯周病にもなりやすい

「骨粗鬆症」は、 骨を作る細胞と骨を壊す細胞とのバランスが悪くなって骨がもろくなり、骨折に繋がりやすい病気です。 特に女性は閉経後に女性ホルモンのエストロゲンの分泌が減少します。 エストロゲンは骨代謝調節因子といしてのサイトカインの分泌に影響を及ぼすので、骨粗鬆症が進行する上、 歯槽骨ももろくなり、歯周病が悪化すると考えられます。


●心内膜炎

「心臓弁膜症」の人や人工弁を使っている人では、 弁の周囲の血流が悪くなりがちです。 そこに歯周病菌が付着すると、心内膜で増殖し、「心内膜炎」を起こすことがあります。


●認知症

認知症の発症にはさまざまな要因がありますが、その1つとして歯周病が関係していると考えられています。 食べたり話したりするときには、歯で噛んだり、口の周りの筋肉や粘膜、舌などを動かします。 特に食べ物を噛む動きは、脳を刺激して活性化させます。 ところが歯周病によって歯が失われると、噛む力が低下したり、噛むことができなくなってしまいます。 そのことによって、認知症を発症するリスクが高くなることが分かっています。
認知症には、原因によって 「アルツハイマー病」「脳血管性認知症」など、 いくつかの種類がありますが、日本では「アルツハイマー型認知症」が全体の2/3を占めるという調査結果があります。 近年では、歯周病とアルツハイマー型認知症の間に何らかの関係があるのではないかと考えられるようにもなってきています。 歯周病の予防や治療に努め、食べ物を噛む刺激によって脳を活性化することが、認知症の予防に役立つのではないかと期待されています。