亜鉛(ジンク)

酵素活性や遺伝、糖尿病、生活習慣病にもかかわりが深い「亜鉛」。 亜鉛は、私たちの毎日の健康生活に必須であるのがミネラルです。 一般的に亜鉛が不足すると、細胞分裂や再生がうまく行われなくなって、抜け毛が多くなったり、 皮膚や胃腸に障害が起きたり、免疫が弱くなりウィルスが侵入しやすくなって 風邪を引きやすくなったりすると言われています。 また、亜鉛が欠乏すると味覚障害や皮膚障害、免疫障害といった症状が現れてきます。


■はじめに

『亜鉛』は古代から人類に知られていたようで、 プリニウス(西暦23年頃~79)は外傷や眼のただれに亜鉛化合物が用いられたことを記載しています。 しかし、亜鉛化合物から単体を得るためには高温にする必要があり、蒸気として失われてしまうため、 亜鉛が単体として分離されたのはかなり遅れました。 1764年マルグラフが単体亜鉛の分離方法を記載しています。亜鉛という日本語は鉛の仲間、鉛に次ぐもの、 という意味で名づけられたようですが、鉛のような強い毒性はありません。

亜鉛は青白色の2価重金属で、他の金属と合金を作る特性があり、工業的に広く用いられています。 例を挙げると、トタンは鉄板に亜鉛メッキしたもので耐蝕性があります。 真鍮(黄銅ともいう)は銅と亜鉛の合金で、貨幣などに広く利用されています。 亜鉛華(ZnO)は塗料、顔料、印刷などに用いられます。


●亜鉛の作用

亜鉛はヒトの成長・発育に重要な役割を有している必須元素

「亜鉛」が必須元素であることは動物実験により1934年に証明されています。 そして亜鉛の研究史には、特筆すべきヒトでの欠乏症の発見があります。 1961年プラサド(Prasad AS)はイランで顔つき、身長、体重、性的発育などが10歳前後の少年に見える 21歳の患者を診察し、最初は鉄不足であると考えましたが、その後同様な症状を示す小人症が見つかるにつれ、 本当の原因は亜鉛欠乏であると考えるようになりました。そして、15人の被験者に対して介入実験 (亜鉛を与える群れと偽薬を与える群れを比較する)を行った結果、亜鉛を与えた小人症患者は 肉体的にも性的にも発育を示しましたが、偽薬を与えた患者では発育が認められませんでした。 この地方で常食されるパンにはフィチン酸(ミネラル類と結合して吸収を阻害する因子)が多量に含まれており、 亜鉛の腸管吸収を阻害することが原因とされました。このように、亜鉛はヒトの成長・発育に 重要な役割を有している必須元素であることが証明されたのです。

現在では、生体内の50種類以上の酵素に亜鉛が含まれていることがわかっています。 これらの酵素は亜鉛を除去すると活性が低下し、亜鉛を添加すると活性が取り戻されるので、 こうした酵素反応に関与した代謝に亜鉛が関与していることは確かです。 主な酵素や亜鉛結合たんぱく質は次のようになります。

【主な亜鉛酵素と亜鉛結合たんぱく】
  分子量 作 用
メタロチオネイン 10,000 重金属捕捉、解毒
アルコール脱水酵素 80,000 アルコールをアルデヒドあるいはケトンに変換
アルカリフォスファターゼ 300,000 リン酸化合物の加水分解(最適pH10)
炭酸脱水素酵素 30,000 炭酸代謝
DNAポリメラーゼ 150,000 DNA合成
RNAポリメラーゼ 370,000 RNA合成
CuZnスーパーオキシドジムスターゼ 32,000 抗酸化作用
細胞外スーパーオキシドジムスターゼ 135,000 抗酸化作用


メタロチオネイン(metallothionein)は含硫アミノ酸であるシステインを多量に含む低分子のたんぱく質で、 システインのSH基に金属を結合してその毒性を弱める作用があります。 毒性の強い重金属が体内に入るとメタロチオネインが合成され、その重金属を捕捉します。 必須元素である亜鉛によっても誘導されることが知られており、亜鉛の運搬体としての役割も持っている と考えられます。

アルコールをアルデヒドに変換させるアルコール代謝系の最初の反応を触媒する酵素、 アルコールアルデヒドロゲナーゼは亜鉛含有酵素です。肝臓中亜鉛濃度とアルコールアルデヒドロゲナーゼ活性 との間には明らかな相関があります。動物実験において、亜鉛欠乏ラットではアルコール分解機能が著しく低下する という報告もあります。

亜鉛はDNAリメラーゼ、RNAポリメラーゼを通じて核酸の合成に関与しています。 プラサドが発見した亜鉛欠乏症による小人症や、亜鉛欠乏の母親が奇形児を出産する頻度が高くなることなどに、 この酵素が関係していると思われます。酵素活性とは関係なく遺伝情報に関与するたんぱく質のほとんどが 亜鉛を含んでおり、遺伝との密接な関係が明らかにされています。

脂質過酸化などを起こす過酸化物質を消去する酵素、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)は多種類あることが 解明されていますが、この中にいくつかの亜鉛を含む酵素があります。 この作用により、亜鉛は組織の過酸化を防御し種々な生活習慣病の予防に関与しています。

膵臓ホルモンのインスリンは、昔亜鉛を含んでいると考えられていましたが、純粋なインスリンには亜鉛は 含まれていないことが判明しました。しかし、亜鉛は補因子として膵臓β細胞でインスリンの合成、貯蔵に関与し、 糖尿病の予防にも関わっていると思われます。


●亜鉛の必要量

30~49歳男性12mg/日、女性10mg/日

亜鉛を毎日どのくらい取ったらよいかという必要量について、欧米諸国ではかなり古くから決められており、 成人で1日に12~15mg程度の数値でした。しかし最近では、アメリカで男性11mg/日、女性8mg/日、 イギリスで男性9.5mg/日、女性7mg/日と数値が低く設定されるようになっています。 わが国では、2000年の第6次改定日本人の栄養所要量で初めて亜鉛の所要量が決められましたが、 このときは経静脈栄養患者で血漿亜鉛値を正常に維持すす量を基準として、30~49歳男性12mg/日、女性10mg/日 とされました。日本人の食事摂取基準(2005年版)では複数の出納試験の結果を参考にしたため、 推定平均必要量は30~49歳で男性8mg/日、女性6mg/日、推奨量は男性9mg/日、女性7mg/日と算定されました。 昔考えられていた必要量に比較するとかなり低い数値です。

【亜鉛の食事摂取基準】
年齢(歳)  男性 女性
推定
平均必要量
推奨量 上限値 推定
平均必要量
推奨量 上限値
1~2 4 4 - 3 4 -
3~5 5 6 - 5 6 -
6~7 5 6 - 5 6 -
8~9 6 7 - 5 6 -
10~11 6 8 - 6 7 -
12~14 7 9 - 6 7 -
15~17 8 10 - 6 7 -
18~29 8 9 30 6 7 30
30~49 8 9 30 6 7 30
50~69 8 9 30 6 7 30
70以上 7 8 30 6 7 30
妊婦(付加量) - - - - +3 -
授乳婦 - - - - +3 -


妊婦の血清中亜鉛濃度は妊娠期間が進むに連れて低下するという、日本人を対象にした報告があります。 これは、胎児の発育や妊娠に伴う母体の変化により亜鉛蓄積量が増加するためと考えられます。 そのため、3mg/日が妊婦の付加量とされました。授乳婦については母乳中の亜鉛濃度と授乳量から推定して、 妊婦と同じ3mg/日が付加量とされました。

また上限値は50mgの亜鉛サプリメントを12週間継続的に使用して赤血球CuZn-SODの活性が低下したというデータ などを参考に、成人で3mg/日という数値が採用されました。CuZn-SODは銅とと亜鉛の両者を必要とする酵素ですが、 ともに適量のバランスがあり、あまりにも亜鉛が多すぎるとバランスが崩れ、銅欠乏症になり活性が低下するわけです。


●亜鉛摂取の現状

平成16年の国民健康・栄養調査による性・年齢別亜鉛摂取量は、全年齢層で男性の方が女性より摂取量が 高くなっています。そして、男女とも成長期の摂取量が高く、20~49歳の働き盛りの年齢では低く、 中高年になると摂取量がやや増加する傾向が認められます。平成16年国民健康・栄養調査における 亜鉛摂取量の分布という表からパーセンタイル散布図を作成し、日本人の食事摂取基準(2005年版)による 亜鉛の推定平均昼容量に対してその量に達していない者の比率を、性・年齢階級別に算出すると、 成長期にはこの比率が低く、働き盛り・高齢者ではこの比率が高くなる傾向が認められます。

食品中の亜鉛含有量では、牡蠣に亜鉛が大量に含まれていることは昔から有名で、牡蠣を亜鉛補給の目的に用いた 栄養補助食品も市販されています。おおむね、種実類、貝類、穀類、肉類に多く、野菜や果物には少ない傾向があります。 日本人の亜鉛摂取源として最も多いのは穀類で、米がそのうちの80%を占めています。 米についで多いのが肉類ですが、豚肉と牛肉がほぼ同程度でよい摂取源となっています。


●亜鉛に関係する疾患

亜鉛に関連する病気疾患には、次のようなものがあります。

◆肝臓疾患

急性の肝臓障害により尿中亜鉛排泄量が増加し、血液中の亜鉛濃度が低下することが知られています。 肝臓障害によりタンパク質合成機能が障害され、亜鉛の貯蔵や輸送にあたっているたんぱく質も減少し、 体内亜鉛保持能力が低下すると考えられます。急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変と、肝臓疾患が重篤になるにつれて 血清亜鉛濃度も低下します。肝臓障害があると血中アンモニア濃度が上昇し、肝性脳症を起こしますが、 亜鉛を与えることにより改善したという報告もあります。これは、アンモニア代謝に関与する亜鉛酵素である、 オルニチン・カルバミルトランスフェラーゼ活性が上昇するためと考えられます。

アルコールの過飲やウィルス肝炎などにより、肝臓細胞が傷害されて壊死を起こし、さらに再生を繰り返していると 肝臓細胞に繊維化が起こり肝硬変が発生します。この繊維化はリジルオキシダーゼという銅酵素により促進されますが、 亜鉛は銅と拮抗作用を持っているので、亜鉛を与えるとこの酵素活性が低下し、肝臓繊維化を抑制するように働きます。 逆に、亜鉛欠乏だとこのような防御作用が弱くなり、肝硬変の悪化が促進される可能性があります。

◆心臓疾患

虚血性心疾患では、血清亜鉛濃度が著明に低下することが知られています。 この低下の程度は症状の重症度に比例するようですが、原因は明確になっていません。

◆消化器疾患

胃潰瘍、十二指腸潰瘍などの消化器疾患が精神的、肉体的ストレスにより誘発されることが知られており、 ストレス潰瘍と呼ばれています。ストレスにより自律神経が強い刺激を受け、胃液分泌亢進、蠕動運動亢進などにより消化器系潰瘍が誘発されるためです。 このストレスに対する防御反応として、ストレスたんぱく質が誘導されます。 これらは粘膜防御作用や損傷修復作用を有しています。胃粘膜上皮細胞の培養液に亜鉛を添加したり、 ラットに亜鉛を与えると胃や大腸粘膜のストレスたんぱく質が合成されることが明らかにされています。 亜鉛を与えてストレスたんぱく質を誘導させ、消化器潰瘍の予防、治療に役立てる方法が考慮されています。

◆味覚異常

ある調査によると、平成15年に味覚異常で耳鼻咽喉科を受診した患者数は24万人であり、 平成2年の14万人と比較して著しく増加しています。また、ある調査によると日本大学付属病院を受診した 患者の年齢分布は、年々高齢者の比率が高くなっています。味覚障害の原因は、薬剤性、亜鉛欠乏、 突発性(原因不明の場合の臨床医学用語)、心因性、口腔疾患などさまざまです。 原因はさまざまでも、亜鉛を与える治療法により、67%が改善を示しています。 ちなみに、亜鉛欠乏が主原因の味覚異常でも亜鉛治療により完全に治癒するわけではなく、 有効率は76%にとどまっています。舌の上皮、味覚を感じる味蕾という微細な構造物にも亜鉛が多く含まれています。 このような味覚に関係する細胞は、常に新しい細胞と入れ替わっており、種々な原因で亜鉛不足状態に陥りやすく、 機能と構造の両面から味覚異常が発生すると考えられます。

【関連項目】:『味覚障害』


●亜鉛欠乏による疾患

亜鉛欠乏症による疾患には、以下のようなものがあります。

◆腸管肢端皮膚炎症

亜鉛の腸管からの吸収が失われている「腸管肢端皮膚炎症」という先天的な疾患があります。 この患者は皮膚障害、毛髪の脱落、免疫障害などの症状を起こします。 皮膚障害は眼の周囲、手足等にかさぶたをもった皮膚炎が発生します。 通常下痢を伴い、発育不良、栄養不良になります。免疫力が低下するため感染症に罹患しやすくなり、 一般的に短命です。

◆輸液性亜鉛欠乏症

腸管肢皮膚炎症と類似した症状を有する亜鉛欠乏症が、亜鉛を添加されていない輸液を 長期間続けていた患者に発生することが1973年以来続々と報告されました。

典型的な症状を示したあるクローン病の患者の例を挙げます。 患者は経静脈栄養を施行して3週間で まず鼻の周囲にかさぶたを有する皮膚炎が発生し、5週間で顔面全体に広がり、陰嚢、手足にも発生しました。 皮膚炎は最初は水泡状ですが、次第に凝結し腐食してきます。6週間くらいから頭髪が抜け出して、 ついに完全な禿頭になりました。血清亜鉛濃度は0.12mg/L(正常値:0.7mg/L)と非常に低値を示しました。 そこで、経口的に亜鉛を1日に220mg毎日2週間与えることにより皮膚障害は治癒し、遅れて頭髪も元に戻りました。 免疫に関与するナチュラルキラー細胞の活性も低下します。このような「輸液性亜鉛欠乏症」の原因は、 まず第一に輸液中の亜鉛濃度が低いため(1日の亜鉛摂取量が0.4mgであったという報告がある)です。 次に、患者は外傷、手術などのストレス状態で亜鉛の尿中排泄量が増加し、亜鉛欠乏症であったことも原因になります。 最近では、輸液中に亜鉛をはじめ微量元素が添加されるようになったため、 この種の亜鉛欠乏症の発生はまれになっています。

◆その他の亜鉛欠乏症

1983年に熊本大学医学部小児科は、全国小児科を対象にアンケート調査を実施した結果、皮膚炎、体重増加不良、 貧血、脱毛などの症状を有する亜鉛欠乏症の小児が多数発見され、そのうちの大部分が1歳児未満でした。 幼児が下痢を起こしやすいこと、未熟児では亜鉛が胎児に十分蓄積されないうちに出産することが原因とされています。


●亜鉛過剰による疾患

亜鉛過剰による疾患には、次のようなものがあります。

◆輸液性亜鉛過剰症

亜鉛は毒性の弱い金属で、よほど多量に摂取しない限り過剰症が起こることはありません。 目に疾患を有する717人の中高年の患者を対象に、80mgの亜鉛(必要量の約10倍)を毎日5年間経口投与して 与え続けたアメリカの研究では、血液中亜鉛濃度は上昇しましたが、血液検査などに異常は認められませんでした。 しかし、1日に300mgの亜鉛を慢性的に摂取した結果、免疫の低下と血液のHDLコレステロールの低下が見られたと言う報告があります。

◆亜鉛過剰症の症例

亜鉛過剰症の症例は、点滴により亜鉛を経静脈的に注入する経静脈栄養で多く発生しています。 その典型的な一例として次のようなものがあります。
患者はクローン病に罹患している24歳女性で、皮膚疾患と脱毛を示し、血清亜鉛濃度は正常値の1/5以下に低下し、 亜鉛酵素血清アルカリフォスファターゼ活性も低く亜鉛欠乏が疑われたので、毎日10mgの亜鉛を1時間かけて経静脈投与 すると皮膚疾患は消失しました。しかし、4日目からは患者はひどく発汗し、目がかすみ、意識障害もありました。 血圧は正常でしたが頻脈(140/分)、体温低下(34.6℃)があり、血清亜鉛濃度は正常値の2倍以上に上昇しました。 亜鉛投与を中止することにより症状は消失しましたが、再び亜鉛欠乏症を起こしたので、今度は10mgの亜鉛を 8時間かけてゆっくり静脈投与する治療法に切り替えることにより問題は起こらなくなりました。 このような輸液による過剰摂取で見られた検査値の異常と症状は、一般の経口摂取の安全性の参考になります。